秋の気配

森+LABO 2013.10. 9

9月に入って、朝晩はひんやりとする日も増えてきました。
クーラーを止めて、窓を開けると、どこからか聴こえてくる「リーリーリー」という澄んだ鳴き声に、
秋の訪れを感じている方も多いのではないでしょうか?

今回は秋の風物詩でもある「鳴く虫」についてLABOします。

130911_001.jpg


夜道を歩くと、木の上の方から澄んだ高い声が「リーリーリー」と聞こえてきます。
これは「アオマツムシ」という虫で、もともとは日本にいなかった虫です。

記録として一番古いものは、植物生理学者の日比野信一氏によるもので、
その記述を「都市の昆虫誌/異郷にすだくアオマツムシ(小西正泰 著)」を参考に紹介します。

「1898年、日比野氏は東京赤坂の榎木坂の大エノキの上で鳴く虫の声を聞いた。
それはこれまで聞いたことのない虫の音で、その正体は見つからなかった。
その後、その虫の音は都心部でしだいに生息域を広げ、1915年になって、ついに日比野氏は
麻布の自宅でこの虫を捕え、生きた標本を作り、翌1916年に北海道大学の松村松年博士へ送る。
そこでこの虫は「新種」として「マダスンマ・ヒビノニス」という学名と共に、「アオマツムシ」という和名をつけられた。」

「アオマツムシ」という和名は、日本の在来種である「マツムシ」に姿形が似ているからつけられました。


130911_003.jpg
アオマツムシの原産地については諸説ありますが、中国から苗木と一緒に渡来したものというのが定説になっています。

アオマツムシは生まれ故郷の中国では「梨蟋蟀・リィシーシュアイ(なしこおろぎの意)」と呼ばれていて、
その名の通り、ナシの害虫として知られています。

日本の中でも、アオマツムシは関東以西の本州、四国、九州に分布を広げ、
一部の地方ではカキやナシの果実をかじる害虫として注目されています。


アオマツムシは郊外で育てられた苗木について、都心にその生息範囲を広げてきたと言われています。
アオマツムシの生息域が広がる一方で、姿の似ているマツムシは姿を消しつつあります。
その理由を考えてみましょう。

鳴く虫というのは、鳴き声だけでなく、種類によって鳴く場所が異なります。
アオマツムシは高い木の上で鳴く虫ですが、マツムシは地面に近い草むらに生息しています。

スズムシやキリギリスも同じように、背の低い草むらで鳴いています。

街路樹として木が植えられたとしても、草むらが残っている場所は少なくなっています。
公園や緑地はともかく、都市の中の空き地の多くはアスファルトで覆われ、駐車場等に利用されることが多いのが現状です。
「生物の多様性」とは、すなわち「生息環境の多様性」の上に成り立っているのです。

こういった地面に近い場所で鳴く虫が減っているのは、
都市の中に彼らが生きてきた環境が失われつつあることの表れに他なりません。



130911_002.jpg

鳴く虫の声に秋の気配を感じるのは、日本人ならではと言われています。
大脳感覚生理学では、日本人は虫の音を言葉と同じように「左脳」で聞いているのに対し、
そういった感覚を持たない国の人の場合は雑音として「右脳」で処理してしまうそうです。

万葉集の頃から、季節の移り変わりを自然の営みの中に見いだしてきた感覚が、
虫たちと共に失われてしまう、そんな分岐点にきています。

鳴く虫はアオマツムシだけではありません。
木の上で鳴くヤブキリ。低い木や背の高い草の上で鳴くクビキリギリス、ウマオイ。
背の低い草の上で鳴くスズムシ、キリギリス、ナキイナゴ、エンマコウロギ。
地面に近い場所で鳴くカネタタキやマツムシ。

秋の夜長に鳴く虫の聞きわけをしながら、澄んだ空に浮かぶ月を眺めるような、
心を豊かな暮らしを、子どもたちの世代にも伝えていきたいものですね。


参考文献:都市の昆虫誌/長谷川 仁 編(思索社)昭和63年6月25日発行

ページトップ